泥田坊(どろたぼう)は、泥深い田んぼから姿を現すとされる日本の妖怪です。
鳥山石燕の妖怪画集『今昔百鬼拾遺』に描かれたことで知られ、一つ目で三本指、泥田から上半身を出した姿が印象的です。
よく知られる話では、子孫のために田地を守ってきた老人の死後、その田が粗末に扱われ、やがて夜ごとに「田を返せ」と叫ぶ怪異が現れたとされています。
古い民間伝承として各地に広く確認される妖怪というより、江戸時代の妖怪絵画と、それをもとにした後世の解釈によって姿が定着した妖怪と見るのが自然です。
泥田坊とは?
泥田坊(どろたぼう)は、泥田から現れる一つ目の妖怪です。
江戸時代の絵師・鳥山石燕による『今昔百鬼拾遺』では、黒い姿の怪異が田の泥の中から上半身を出し、「田を返せ」と叫ぶ存在として語られています。
農地を守る思い、祖先から受け継いだ土地を粗末にすることへの戒め、田んぼという生活の場に宿る不気味さが重なった妖怪といえます。
ただし、泥田坊の伝承は資料によって扱いが異なり、石燕以前の古い民間伝承として広く確認されているわけではありません。
泥田坊の基本情報
- 妖怪名
- 泥田坊
- 読み方
- どろたぼう
- 別名・異名
- ドロ田坊と表記される場合がありますが、明確に広く定着した別名は確認されていません。
- 分類
- 人型の妖怪、自然・水辺の妖怪、霊・亡霊の妖怪、鬼・異形の妖怪
- 危険度
- 危険度B:警戒が必要(★★★☆☆)
- 主な出現場所
- 泥深い田んぼ、荒れた水田、夜の田のあぜ道
- 伝承地域
- 『今昔百鬼拾遺』では「北国」と語られますが、具体的な地域は明確ではありません。後世の文献では山形県庄内地方の話として語られる例もありますが、石燕の妖怪をもとにした創作的な再話と見る説があります。
- 主な特徴
- 一つ目、三本指、泥田から上半身を出す、「田を返せ」と叫ぶ、田地への執着や怨念と結びつく
泥田坊はどんな妖怪?
泥田坊は、田んぼの泥の中から現れる黒い人型の妖怪です。
鳥山石燕の絵では、片目だけを見開き、三本指の手を上げるような姿で描かれています。
人間に化ける妖怪ではなく、田に残った執念や怨みが、泥の身体をまとって現れたような存在です。
石燕の詞書では、ある老人が子孫のために田地を買い、暑さ寒さや雨風を避けずに耕作を続けていました。
ところが老人の死後、その子は酒にふけって農業を怠り、ついには田を他人に売ってしまいます。
すると夜ごとに、一つ目の黒いものが田から現れ、「田を返せ」と叫んだとされています。
この話から、泥田坊は単に人を脅かす妖怪ではなく、土地を粗末に扱うことへの戒めを帯びた怪異として読むことができます。
田んぼはかつて、人々の暮らしを支える大切な場所でした。
泥田坊の声には、失われた田地だけでなく、そこに注がれた労苦や記憶までも取り戻そうとする気配があります。
泥田坊の特徴

- 泥田から上半身を現す
泥田坊は、地上を歩き回るよりも、泥深い田んぼの中から上半身を出す姿で知られています。
水と土が混じる田のぬかるみが、妖怪の身体そのものになったような印象を持ちます。 - 一つ目で三本指の姿
『今昔百鬼拾遺』に描かれた泥田坊は、一つ目で、手の指が三本です。
この姿は後世の妖怪図鑑や創作でもよく受け継がれ、泥田坊を見分ける大きな特徴になっています。 - 「田を返せ」と叫ぶ
泥田坊を象徴する言葉が「田を返せ」です。
田を守ってきた者の無念、土地を失った怒り、受け継がれるべきものが断たれた悲しみが、この短い叫びに込められています。 - 農地への執着と怨念を帯びる
泥田坊は、田んぼを荒らされたり、売り払われたりしたことと結びついて語られます。
そのため、自然の妖怪であると同時に、死者の執念や土地への祟りを思わせる面もあります。
泥田坊の伝承・由来
泥田坊に関する代表的な資料は、鳥山石燕の妖怪画集『今昔百鬼拾遺』です。
この書物は安永10年、1781年に刊行された妖怪画集で、泥田坊はその中に描かれた妖怪のひとつです。
『今昔百鬼拾遺』の詞書では、北国に住む老人が、子孫のために田地を買い、懸命に耕作していたと語られます。
しかし老人の死後、その子は農業を怠り、酒にふけり、ついには田を売ってしまいました。
その後、夜ごとに田から一つ目の黒いものが現れ、「田を返せ」と叫んだとされています。
一方で、泥田坊は石燕以前の古い文献や広範な民間伝承に、同じ形で確認されている妖怪ではないとされます。
そのため、石燕が伝承をもとに描いた妖怪なのか、言葉遊びや寓意を含めて創作した妖怪なのかは、はっきりしません。
名前の由来についても複数の見方があります。
泥深い田を意味する「泥田」と、僧形や人型の怪異に付く「坊」が結びついた名と見ることができます。
また、「泥田を棒で打つ」ということわざや、狂歌師の雅号との関係を考える説もありますが、決定的な由来として断定することはできません。
泥田坊が現れる場所
泥田坊は、主に泥深い田んぼに現れるとされています。
田は人の手で耕され、水を張り、季節ごとに手入れを重ねる場所です。
そのため、泥田坊の出現場所には、自然そのものというより、人間の労働と土地への執着が深く関わっています。
- 夜の泥田
- 手入れされなくなった水田
- 田のあぜ道や、ぬかるんだ農地のそば
『今昔百鬼拾遺』では「北国」と語られていますが、具体的な場所は示されていません。
後世の再話では東北地方や山形県庄内地方と結びつけられることもありますが、古い地域伝承として確認する場合には慎重に扱う必要があります。
泥田坊の危険度
泥田坊の危険度は、危険度B:警戒が必要(★★★☆☆)です。
命を奪う妖怪として明確に語られるわけではありませんが、夜の田に現れて叫ぶ姿は強い恐怖を与えます。
また、土地や死者の怨念と結びつくため、軽んじてよい存在ではありません。
身体的な危険
確認できる代表的な伝承では、泥田坊が直接人を殺すとは語られていません。
ただし、泥田やあぜ道で遭遇すれば、驚いて足を取られたり、夜道で危険な場所へ踏み込んだりするおそれがあります。
怪異としての怖さよりも、出現する場所そのものの危うさが身体的な危険につながります。
精神的な影響
泥田坊の恐ろしさは、「田を返せ」と叫ぶ声にあります。
その声は、失われた土地、粗末にされた労働、報われなかった思いを突きつけるものです。
見た者は、単に驚くのではなく、何かを奪ったのではないか、受け継ぐべきものを捨てたのではないかという不安に襲われるかもしれません。
遭遇しやすさ
泥田坊は、特定の田地や、土地をめぐる因縁と結びついて語られる妖怪です。
どこにでも現れる存在ではなく、荒れた田、夜の水田、土地の記憶が残る場所に現れる怪異として受け止めるのが自然です。
泥田坊に遭遇したらどうする?
泥田坊への対処法は、古い伝承の中で細かく定められているわけではありません。
その性質を踏まえるなら、力で退治するよりも、土地や田を粗末にしないことが何よりの備えになります。
- 夜の田んぼに不用意に近づかない
泥田坊は夜の田に現れる怪異として語られます。
暗い水田やぬかるみは実際にも危険な場所です。
怪異を恐れる以前に、足元の見えない場所へ入らないことが大切です。 - 「田を返せ」という声に応じて近づかない
声が聞こえても、泥の中をのぞき込んだり、近づいたりしないほうがよいでしょう。
泥田坊の声は、失われた土地への執着そのものです。
その声に引き寄せられるほど、怪異の領域へ足を踏み入れてしまいます。 - 土地を粗末に扱わない
泥田坊の話は、田地を受け継ぐ責任と結びついています。
古い土地、農地、祖先から伝わる場所を扱うときは、そこに積み重なった労苦や記憶を軽く見ないことが、もっとも泥田坊らしい対処法といえます。
※この対処法は、伝承や民間信仰をもとにした読み物としての内容です。
泥田坊の怪異譚
ここからは、泥田坊の伝承をもとにした創作怪異譚です。
実在の記録ではなく、伝承上の特徴をもとにした短い物語としてお読みください。

返してくれぬか
山あいの村に、長く作り手のいない田がありました。
春になっても水は張られず、夏になっても苗は植わらず、秋になっても稲穂の影はありません。
ただ、雨の夜だけは、ぬかるんだ土の底から泡が上がるのだと、村の年寄りは言いました。
ある晩、若い男がその田のそばを通りかかりました。
町へ出る道を急いでいたのですが、あぜ道の向こうから、低く湿った声が聞こえました。
「返せ」
男は立ち止まりました。
風の音かと思いましたが、声はもう一度、泥の奥からこぼれました。
「田を、返せ」
月明かりの下で、田の泥がゆっくり盛り上がりました。
黒い肩が出て、細い腕が出て、三本の指があぜの草をつかみました。
最後に、濁った水面のような顔が持ち上がり、その真ん中に、ひとつだけ目が開きました。
男は声を失い、ただ後ずさりました。
翌朝、村人が見ると、荒れた田の真ん中に、小さな鍬が一本立っていました。
誰が置いたものかは分かりません。
けれどその年から、その田だけは、雨の夜になると土が勝手に返されているのだそうです。
泥田坊に似た妖怪
- 田の神
田や稲作を守る神として信仰される存在です。
泥田坊は神そのものではありませんが、田地に宿る霊的な力や、農耕への畏れという点で通じるものがあります。 - 一つ目小僧
一つ目という外見的特徴を持つ妖怪です。
一つ目小僧は子どものような姿で語られることが多く、泥田坊とは性質が異なりますが、片目の怪異という印象に共通点があります。 - 海坊主
水辺から現れる大きな黒い怪異として知られます。
海坊主は海、泥田坊は田んぼに関わる妖怪ですが、水と闇の中から人型のものが現れる不気味さに近いものがあります。
現代での泥田坊のイメージ
泥田坊は、現代の妖怪図鑑、漫画、アニメ、ゲームなどでも扱われることがあります。
古い姿では、田地を粗末にされた怨みを叫ぶ妖怪として描かれましたが、現代では自然破壊や土地開発、失われた農村の記憶と結びつけて表現されることもあります。
そのため泥田坊は、ただ泥の中から出てくる怖い妖怪ではなく、土地を守る思いが歪んで現れた怪異として受け止められています。
「田を返せ」という言葉は短いながらも強く、昔の農村にとって田がどれほど大切なものであったかを伝えています。
泥田坊に関するよくある質問
泥田坊は実在する妖怪ですか?
泥田坊は、鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』に描かれた日本の妖怪です。
実在の生物ではなく、田地への執着、死者の無念、農地を粗末にすることへの戒めが形になった怪異として見ることができます。
泥田坊は危険ですか?
泥田坊の危険度は、危険度B:警戒が必要(★★★☆☆)です。
直接人の命を奪う妖怪として明確に語られるわけではありませんが、夜の田に現れて叫ぶ姿は強い恐怖を与え、土地の怨念と結びつく存在として注意が必要です。
泥田坊はどこに現れますか?
泥田坊は、泥深い田んぼや荒れた水田、夜のあぜ道などに現れるとされています。
『今昔百鬼拾遺』では「北国」と語られますが、具体的な地域は明確ではありません。
泥田坊にはどんな特徴がありますか?
泥田坊は、一つ目、三本指、泥田から上半身を出す姿で知られています。
「田を返せ」と叫ぶことが大きな特徴で、田地を失った怨みや、土地を粗末にすることへの戒めを感じさせる妖怪です。



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